「ヒモ生活のリアル」で知りたいのは、たぶん24時間の中身だろう。僕は27歳からの約1年半、10歳上の会社経営者の女性と同棲していた。家賃も生活費も彼女持ち。いわゆるヒモだ。
先に答えを置く。金も時間も楽だった。それでも楽と言い切れないのは、減った金と時間のコストが精神に振り替わっていたからだ。「働かなくていい生活」は「何もしなくていい生活」ではなかった。
この記事では、その平日1日を起床から就寝まで時間単位で、盛らずに再現する。
なさ男24時間を再現するだけの記事だ。教訓は最後に少しだけ置く。
ヒモ生活のリアルな1日は、金銭的に楽で精神的に忙しい
まず前提と全体像を置いておく。誰と、どういう条件で暮らしていたのか。1日の時間がどう配分されていたのか。細部は次の章から時間順に書くので、ここは地図だと思って読んでほしい。
僕が暮らしていた条件を先に書いておく
27歳のとき、マッチングアプリで出会った10歳上の女性と同棲を始めた。社員20人ほどの会社を経営している人で、平日の帰宅は早くて21時、遅いと日付をまたぐ。部屋は彼女が借りていたマンションで、家賃も光熱費も食費も彼女の口座から落ちていた。家賃と生活費を合わせて、月30万円相当を彼女が出していた計算になる。金の話を抜きにして、10歳という年の差そのものが生活に何をもたらしたかは10歳年上の彼女と同棲した1年半の記事に分けて書いた。
一方で僕の現金収入は、彼女が「お小遣い」として渡してくれる月数万円と、たまに拾えるライター仕事もどきだけ。貯金は、しようと思ってできる額ではなかった。この条件で1年半だ。そもそもなぜ僕が選ばれたのかという入口の話は貢がれる男の特徴7つとヒモ生活の全体像をまとめた記事に書いたので、ここでは「1日」だけを時間単位に分解する。
1日の時間割を先に一覧にする
平日の標準的な1日は、だいたい次のように回っていた。土日は彼女の予定に合わせて動くため固定の型がなく、ここでは平日だけを載せる。
| 時間帯 | やっていたこと | 消耗の種類 |
|---|---|---|
| 6:30〜8:00 | 起床、コーヒー、ゴミ出し、彼女の送り出し | 軽い肉体労働 |
| 8:00〜12:00 | 掃除、洗濯、自分の朝食 | ほぼゼロ |
| 12:00〜15:00 | 買い出しと夕食の仕込み | 軽い |
| 15:00〜20:00 | 空白。予定を入れられない自由時間 | 精神 |
| 20:00〜21:00 | 部屋を戻す、自分の状態を整える | 精神 |
| 21:00〜24:00 | 食事、風呂、話を聞く | 感情労働の本番 |
| 24:00〜1:00 | 片付けと就寝 | 静かにきつい |
見ての通り、体を使う時間は午前に集中していて、午後以降にはほとんど残っていない。労働時間として数えれば1日4時間くらいだろう。数字だけ見れば、間違いなく楽な生活だ。問題は、残りの時間の質のほうにあった。
楽か楽じゃないかでは答えが出ない。三層で見る
この生活を評価するとき、楽か楽じゃないかの二択にすると必ず嘘になる。金銭・時間・精神の三つに分けたほうが正確だ。
金銭の層は、文句なしに楽だった。家賃の心配がない朝は、それだけで人を少し優しくする。時間の層も自由で、会社員をやっていたころより自分で動かせる時間は倍近くあった。
逆方向に振れていたのは、精神の層だけだ。減った金銭コストと時間コストが、そのまま精神コストに振り替えられていた。振替なので、総量はあまり減らない。以降の章は、この振替がどの時間帯に起きていたかの話になる。



楽ではあった。ただ、楽の意味が想像していたものと違った。
朝6時半から正午まで。この4時間半だけは仕事の形をしていた
ここから時間順に追っていく。まずは午前。この生活でいちばん分かりやすく、いちばん健全な時間帯だった。やることが決まっていて、終わりがある。振り返ると、僕はこの4時間半に救われていた。
6時半、彼女より先に起きてコーヒーを淹れる
アラームは6時半にかけていた。彼女の起床は6時50分。この20分の差は、コーヒーを淹れ、カーテンを開け、前の晩の食器を片付けるためにある。
彼女が起きてくる前に部屋が整っていること。それが1日で最初の仕事だった。朝から不機嫌な人間はいくらでもいるが、朝から不機嫌な部屋というのもある。シンクに前夜のグラスが残っているだけで、出社前の空気は微妙に悪くなる。こういう細かいところで貯金を作っておくと、その日の夜の会話が楽になる。設計したわけではなく、1年半かけて体が覚えた。
8時、彼女を送り出したあとに家がいちばん静かになる
彼女が出るのは8時前後。玄関で見送って、ゴミをまとめて集積所まで持っていく。戻って自分の朝食を食べるころには、広めのリビングに僕ひとりが残っている。
正直に書くと、この瞬間が好きだった。誰にも見られていない時間が、これから12時間ある。会社員だった22歳の朝8時は、電車の中で肘をたたまれている時間だ。それがコーヒーを淹れ直せる時間に変わっている。ヒモ生活の魅力を一点だけ挙げろと言われたら、僕はこの朝8時を挙げる。この静けさは本物だった。
午前は掃除と洗濯。終わりのある仕事はありがたかった
そこから正午まで家事をする。洗濯機を回し、掃除機をかけ、風呂を洗い、乾いたものを畳む。曜日を決めてシーツと換気扇を回していた。全部やっても2時間ちょっとで終わる作業量だ。
この時間はまったく苦ではなかった。それどころか、1年半を通して唯一「終わった」と言える作業がここにあった。畳んだ洗濯物は減らないが、増えもしない。誰かの機嫌に左右されない仕事は、あの生活では家事だけだった。ヒモに必要なのは顔ではなく家事能力だというのが僕の持論だが、これは相手に評価されるためだけの話ではない。何もしないでいると、生活のリズムを自分で保てなくなる。
午後1時からの6時間。ここがヒモ生活の本当の中身だった
この記事でいちばん書きたいのは午後だ。家事が終わってから彼女が帰ってくるまでの時間。ヒモ生活を「楽そう」と思っている人が、まず想像していない場所がここにある。優雅でもなければ、地獄でもない。ただ、たっぷりある。
買い出しと仕込みを終えても、まだ15時だった
昼を過ぎたら、徒歩7分のスーパーへ買い出しに行く。平日午後2時のスーパーは驚くほど空いている。レジに並んでいるのは僕と、高齢の方と、小さい子どもを連れた人だけだ。同世代の男は、まずいない。
帰ってきて夕食の仕込みをする。彼女の帰宅時間が読めないので、献立は温め直せるものに寄っていった。鶏肉と大根の煮物、豚汁、焼く直前で止めておく魚。作りきらず、最後の火入れだけ残しておくのがコツだ。そこまでやって時計を見ると、まだ15時前だった。
あとは何もない。予定も、締め切りも、連絡も、何もない。ここから彼女が帰ってくる21時まで、6時間ある。この6時間が毎日来る。毎日だ。
自由時間は暇とは違う。予定を入れられない自由だった
始める前の僕は、1日6時間の自由があれば人は何かをやると思っていた。実際にやったのは昼寝と動画だ。ほぼ毎日、1年半。意志が弱かったと言われれば、それはその通りだと思う。
ただ、意志の問題だけではなかったとも思っている。あの6時間は「予定を入れられない自由時間」だったからだ。彼女の帰宅が21時になるのか24時になるのかは、その日の夕方にならないと分からない。夜の約束が入れられない。友人から「今日飲まない?」と来ても、返事は毎回「たぶん無理、わからない」になる。それを何回か繰り返すと、誘い自体が来なくなる。
自由時間というのは、自分で使い道を決められる時間のことだ。他人の予定待ちで空いているだけの時間は、暇と呼んだほうが正確だった。空いているのに、使えない。この感覚は、働いていたころには一度も味わったことがなかった。
平日の午後、社会の音だけが外で鳴っている
午後4時になると、外で小学生の声がする。5時に町内放送が鳴る。向かいのマンションの窓に、順番に明かりがついていく。宅配便の人がインターホンを押して、部屋着の僕が受け取ってサインをする。
その音を全部聞きながらソファに座っていると、自分だけが1日から抜け落ちているような感覚になる。誰も僕を責めてはいない。彼女は感謝してくれていたし、生活はきちんと成り立っていた。それでも、平日の15時から20時までのあの静けさには、いまだにうまく名前をつけられない。SNSを開いて同級生が会社の飲み会の写真を上げているのを見て、すぐ閉じる。あれをやると午後がもっと長くなる。
この時間帯には、小さな作業も混ざっていた。実家には職業を「Web関係」で通していたので、夕方に母から電話が来ると、少しだけ声を作る。嘘ではない、と自分に言い聞かせながら近況を話す。世間体の話は突き詰めると別のテーマになるので、ママ活はやめとけと言われる理由を検証した記事のほうにまとめた。空白の午後には、そういう5分も挟まっていた。



自由時間は6時間あった。使い道は自分で決められなかった。
彼女が帰ってくる夜が、この仕事の本番だった
20時を過ぎると、1日の性格が変わる。世間はヒモを「働かない男」と呼ぶが、実態は雇用契約も休日もない感情労働だった。その感情労働とは具体的に何をすることなのか。いちばん誤解されている部分なので、細かく書く。
帰宅の1時間前から、自分の顔を作り直す
20時ごろ、彼女から連絡が来る。「今から出る」か「22時になる」のどちらかだ。来たらそこから逆算して、部屋を戻しにかかる。畳んだままの洗濯物をしまい、テレビを消し、窓を開けて換気して、風呂の湯を張り始める。
同時にやるのが、自分の状態のリセットだ。6時間ぼんやりしていた顔から、人の話を聞ける顔に戻す。顔を洗い、髭を確認し、部屋着からシャツに着替える。わざわざ着替えるのは、そうしないと声のトーンが眠いままになるからだ。出勤しない生活で、僕はこの1時間を勝手に出勤と呼んでいた。
玄関の鍵の音で、その夜の役が決まる
彼女の状態は、音で分かるようになった。鍵を回す速さ、ドアの閉め方、靴を脱ぐまでの時間、最初の一言の長さ。この4つで、その夜のコンディションはだいたい読める。
機嫌が良い悪いというより、疲労の種類が違う。喋りたい日と、何も言われたくない日があるのだ。喋りたい日にこちらが黙っていると寂しがられ、黙っていたい日に「今日どうだった?」と聞くと空気が固くなる。判定を外した夜は、そのあと2時間ずっと気まずい。だから僕は玄関の3秒で、今夜の役を決めていた。聞き役をやるのか、いない役に徹するのか。この判定を毎晩、1年半続けた。
話を聞く準備をしておくという労働
食事を出して、向かいに座る。ここからが本業だ。彼女の話は9割が仕事の話で、内容は資金繰り、社員の退職、取引先の無茶あたりに集中していた。僕はそれを聞く。
聞くだけなら簡単そうに見えるが、実際には準備が要る。この技術の出どころはバーテンダーがなぜモテるのかを分解した記事に書いたカウンターの3年だ。前に聞いた話を覚えていないと成立しないからだ。誰が辞めそうだったか、どの取引先と揉めていたか、先週の会議はどうなったか。忘れていると「前に言ったよね」になり、その瞬間、彼女のなかの「話が通じる相手」という在庫が少し減る。
だから僕は日中、彼女の話を頭のなかで復習していた。空白の6時間の使い道のひとつは、正直に言えばそれだ。動画を流しながら、明日の彼女の予定を思い出している。労働時間に数えたことはなかったが、あれは間違いなく仕事だった。
自分の不調は出せない。出した瞬間に理由が消える
いちばんきついのはここだった。あの生活で僕は、自分の体調と機嫌を持ち出せなかった。
風邪気味でも言わない。落ち込んでいても顔に出さない。「今日は聞き役は無理だ」とは口が裂けても言えない。言えなかったのは、彼女が禁じていたからではない。彼女はむしろ優しかったし、体調が悪ければ休めと言うタイプの人だった。それでも言えなかったのは、僕がこの部屋にいる理由が「機嫌のいい自分でい続けること」しかなかったからだ。
家賃を払っていない人間が不機嫌になると、存在の根拠が消える。これは相手の人格の問題ではなく、構造の問題だ。合意はどれだけ対等でも、部屋の名義は彼女で、生活の決定権も彼女にある。その薄氷の上に機嫌よく立ち続けること。それがヒモという仕事の、本当の中身だった。



感情労働の本体は、話すことじゃない。待機していることだ。
深夜0時。1日でいちばん静かにきつい30分
夜が終わる。食器を洗って、彼女が寝室に入ってからの30分が、実は1日でいちばんきつい時間だった。理由は疲れではない。明日の話だ。
彼女が寝てから、明日に何もないことを思い出す
片付けを終えて、リビングの明かりを落とす。時計は0時か1時。ここで毎晩、同じことを考えた。明日、僕の予定は何もない。
会社員の疲れには、翌日の予定という手触りがある。嫌でも9時に行く場所があり、そこに自分の席がある。あの生活には、それがなかった。明日も6時半に起きて、コーヒーを淹れて、掃除をして、15時から空白になる。同じ1日が、彼女の気が変わるまで続く。終わりの日付を僕は決められない。それを毎晩1分だけ考えて、考えるのをやめて寝ていた。
通帳を見ない癖がついた
深夜に手を出さないようにしていたものが、もうひとつある。通帳だ。生活は問題なく成り立っているのに、僕の口座だけは増えない。お小遣いの月数万円は、そのまま身なりに消えていた。
爪と靴と匂いに金をかけるのは僕のやり方だが、その原資は彼女から出ていた。数字を直視すると、この生活の期限が見えてしまう。だから見なかった。見なかったので、終わったときに何も持っていなかった。
終わりの予感は、1日の中に混ざって始まる
1年を過ぎたころから、1日の手触りが少しずつ変わっていった。彼女の帰宅が早くなり、愚痴の量が減り、僕が聞き役として呼ばれる回数が減っていく。彼女の会社が、忙しさの山を越えたのだ。
悪いことは何ひとつ起きていない。むしろ彼女にとっては良いことだ。それでも僕は、夕食の仕込みをしながら、自分の出番が静かに減っていくのに気づいていた。その予感が実際にどう着地したのかは1年半の同棲が3日で終わったヒモの末路の記録に全部書いた。ここでは深追いしない。終わりは事件として来るのではなく、1日の中身の変化として始まる。



明日の予定が何もないのは、休みとは違う。あれは待機だ。
彼女の側から見た1年半。彼女は何を買っていたのか
ここまで僕の24時間を書いてきたが、この生活には出す側がいる。月30万円相当を負担していた彼女に、あの1日はどう見えていたのか。聞いた言葉と、行動から読み取れた範囲で書く。
彼女が欲しかったのは、帰ったときに人がいる状態だった
彼女は毎月の支出を1円単位で把握している人だった。だから分かったことがある。僕の生活費は、彼女の家計のなかで気分ではなく決まった項目として扱われていた。愛情表現というより、生活設計に近い。
一度だけ、なぜこの生活を続けているのかを直接聞いたことがある。返ってきたのは「家に灯りがついてるのが、思ったより効くんだよね」という一言だった。彼女は男を買っていたのではない。深夜1時に真っ暗な部屋の鍵を自分で開ける生活を、彼女はその前に何年かやっていた。買っていたのは、帰ったときに人がいるという状態のほうだった。
彼女の側にも負担はあった。それは1日の中に見えていた
相手を「金を出す装置」として書くと嘘になるので、彼女が払っていたコストも書いておく。まず、彼女はけっこう僕に気を遣っていた。少し高い買い物をするとき、僕が引け目を感じないように理由をつける。「これは経費で落ちるから」というやつだ。
もうひとつ、彼女はこの関係を誰にも説明できなかった。社員にも、取引先にも、実家にも。10歳下の同居人が家事をしているという話は、彼女の立場では言いづらい。僕が身バレを気にしていた以上に、彼女は説明のコストを払っていたはずだ。気づいたのは終わってからで、当時の僕は自分の待機時間のことしか考えていなかった。
お金を出す側の心理には、はっきりした型がある
1年半を内側から見ていて分かったのは、出す側の動機は感情の勢いではなく、その人の生活に空いている穴の形で決まるということだ。彼女の場合は「帰宅時の無人」という穴で、そこに固定費を割り当てた。だから金額は大きいのに、渡され方は事務的だった。
穴の形が違えば、出し方も変わる。食事だけで完結する人もいれば、現金ではなく物で渡す人もいる。この動機の類型と、それぞれの関係がどれくらい続くのかは男に貢ぐ女性の心理を5類型に分けた記事で全部書いた。1日の中身を知ったあとに読むと、たぶん解像度が上がる。



彼女は男を買っていたんじゃない。無人の玄関を消していた。
ヒモ生活の1日を、時間で数え直す
初期値は僕の平日1日の実数だ。自分の想定に置き換えると、24時間の中身がどう配分されるかが出る。
計算はブラウザの中だけで行われ、入力した数字はどこにも送信されない。これは給料でも報酬でもなく、精神の消耗は1円も換算していない。
ヒモ生活のリアルな1日についてよくある質問
1日の話をすると、だいたい同じところを聞かれる。僕の答えを短く置いておく。
自由な24時間には、金額以外の値札がついている
最初の問いに答える。働かずに暮らす1日は、本当に楽なのか。答えは「金銭的には楽で、時間的には自由で、精神的には別種の労働がある」だ。三つを平均してしまえば、普通の生活とそう変わらない。減ったコストは消えたのではなく、振り替えられていただけだった。
24時間をもう一度たどっておく。午前は家事で、これは健全で気楽な時間だった。午後3時からの6時間は空白で、予定を入れられない自由だった。夜は感情労働の本番で、玄関の3秒で今夜の役を決め、話を聞く準備をして、自分の不調は出さない。深夜は明日に何もないことを確認して眠る。これが僕のヒモ生活のリアルな1日だ。
憧れは否定しない。家賃の心配がない朝の静けさは本物だったし、あの1年半がなければ僕はこの文章を書いていない。ただ、この生活を選ぶかどうかの判断材料は金額ではない。判断材料は「他人の帰宅時間に合わせて、1日を空けて待てるか」だ。ここに耐えられる人にとって、ヒモ生活は本当に楽な生活になる。耐えられない人は、月30万円相当を出してもらっても3か月ももたないと思う。
僕は今32歳で、中野の1Kの家賃を自分で払っている。予定は自分で入れる。今夜飲みに行くと決めたら行けるし、誰の機嫌も読まなくていい。あのころ空白だった午後の6時間は、いまは仕事で埋まっている。地味な着地だが、僕にはこっちのほうが向いていた。「ヒモ生活のリアル」を探してここまで読んだあなたがどちら側の人間なのかは、午後の空白の描写を読んだときの自分の反応が、たぶんもう答えを出している。



午後の6時間に耐えられるか。判断材料は、たぶんそれで全部だ。

